日本画に、“刺繍”という表現方法を。

日本画に、“刺繍”という表現方法を。

 -現代日本画家・大竹寛子と見出す新たな可能性- 

 

&T」は、刺繍の価値向上を目指すタジマ工業の新しいプロジェクトです。その第一弾としてスタートしたのが、現代日本画家・大竹寛子さんとつくる「現代“刺繍”アート」の制作。新たな挑戦の背景には、どんな想いがあったのか。作品のコンセプトや刺繍表現の可能性について、大竹さんに伺いました。

 

現代日本画家・大竹寛子 
2006年東京藝術大学絵画科日本画専攻卒業、2011年同大学大学院美術研究科博士課程日本画研究領域修了、美術研究博士号取得。2014年東京藝術大学 エメラルド賞 受賞。2015〜2016年文化庁新進芸術家海外派遣制度によりニューヨークに滞在。2019年ローマ教皇来日に伴い、バチカン市国に作品「Psyche」を寄贈。長年研鑽を積んだ日本画の伝統的な技法を基に、箔や岩絵具を用いて新たな表現を展開し、国内外で高く評価されている。 

 

 

日本画に“刺繍”という可能性を

 

──まずは、これまで大竹さんが手掛けてこられた作品について教えてください。

 

私の作品にとって重要な要素である日本画に出会ったのは、15歳の時でした。それまでは水彩や油絵をやっていたのですが、日本画の中で表現される余白の美しさや独特の表現に惹かれ、日本画の世界に一気にのめり込みました。

 

中でも、日本画に使われる岩絵具や金箔・銀箔といった画材を使った表現を追求し、現在は、そういった伝統的な素材を用いた現代アート作品づくりに取り組んでいます。

 

作品づくりで軸にしているコンセプトは、「流動的瞬間の中にある恒常性」です。例えば、日々細胞が生まれ変わり続けているからこそ、自分が自分のままであり続けられるのだと思いますし、伝統文化が続いているのも、時代に合わせて変わり続けているからだと思うんです。そんな中にある真理を模索するために、作品には日本画特有の銀箔を使用し、“時間が経つごとに変化し続ける”アート作品を目指しています。

 

──そんな中、どうして今回のコラボレーションを引き受けられたのでしょうか。

 

文化庁の新進芸術家海外派遣制度を利用して1年間ニューヨークで制作をしていたことがあるのですが、銀箔を用いて描く技法に、皆さんに興味を持っていただけました。そこで、日本画という言葉や日本画特有の表現方法が海外では広く知られていないことをあらためて実感したんです。

 

その経験から、帰国後はいろんなジャンルと関わりながら日本画の可能性を広げていきたいと思うようになりました。さまざまな企業さまとのコラボレーションもその取り組みの一つです。作品となると一点ものなので手に取ってもらえる人の数も少ないですが、企業の力を借りることで、もっと多くの人に届けられる。「日本画ってこんなこともできるんだ」という気づきを与えられたらと思って、喜んで引き受けました。

 

──刺繍に対してはどんなイメージをお持ちでしたか?

 

洋服やハンカチに刺繍が入ることで存在感を示せるというか、大切なときに使うものというイメージがありました。私の作品は、蝶や花をモチーフにすることが多いのですが、それも“塗る”というより、“絵の具を置く”ように描いています。そうすることで輪郭がはっきりして、存在が際立つ効果があります。そういう部分では、刺繍とも通じる部分があるのかなと思っています。

 

アートならではの質感を目指して

 

──今回の作品のコンセプトを教えてください。

 

黒の部分と色の部分、どちらを見ても蝶と花が見えてくるような、カモフラージュ作品をベースに制作しました。視点によって見え方が変わる面白さを感じていただける作品になっているのではないかと思います。

 

また、刺繍作品ということで、生地にもこだわりました。選んだのは、普段手に取らないようなヴィーガンレザーや、ベルベットといった素材。生地自体の質感も味わっていただけるよう、刺繍を施す部分と余白にする部分のバランスを大切にデザインしています。

 

──刺繍での表現は新たな試みだったと思いますが、試作品を手にしたときはどう思いましたか?

 

刺繍によって表現された私の作品を見て驚きました。こんなに複雑な表現が可能なのか、と。色彩やコントラストといった非常に細かいリクエストにもすぐに対応してくださったし、作品において重要なグラデーションや蝶や花などの繊細な模様もきれいに再現してくださって、技術力の高さを実感しました。

 

──作品づくりにおいて、難しかったことはありましたか。

 

これはタジマさんの技術力の素晴らしさでもあると思うのですが、完成度が高すぎることでしょうか。私の提案に対して、期待以上の仕上がりに仕立ててくれるんです。

 

だからこそこだわったのは、「アート」ならではの良さも実現すること。特に私の作品は銀箔を焼いた化学変化を利用していることもあり、自分ではコントロールできない部分に作品の温かさや面白さが宿ると思っているので、曖昧な部分を曖昧なまま再現することも重要なんです。完成度の高さとアートの質感をいかに両立するか。タジマさんとの試行錯誤がなければ、実現できなかったです。

 

デザインで、課題を解決する

 

──生地にヴィーガンレザーを使用しているというお話がありましたが、もともと環境配慮への意識も強かったのでしょうか。

 

そうですね。アートの世界では、作品を通してさまざまな問題を提起するようなものも多いですし、課題解決においても、デザインは欠かせないものだと思っています。

 

今回、ヴィーガンレザーを使用したのも、そんな思いがきっかけです。りんごや竹といった原料からできている生地になるので、結構分厚いこともあるのですが、きれいに刺繍を施してくださり、技術力の高さに感心しました。

 

刺繍アートが魅せる面白さ

 

──今回コラボレーションをしてみていかがでしたか?

 

和紙や岩絵具といった伝統的な材料や技法で描かれる日本画においては、何を使うか、どんな表現方法をとるかが重要です。今回の作品づくりを通して、「刺繍」も一つの表現方法になるのではないかという可能性を感じました。

 

さらに、世界各国のアートフェアに足を運ぶことも多いのですが、最近は、伝統的な絵画や彫刻にとどまらない新たな技術を取り入れた「ミックスメディアアート」にも注目が集まっています。そこに、各国の伝統的な布や刺繍技術が取り入れられれば、文化の違いや多様性も感じられる面白い切り口になるのではないかと思っています。

 

──最後に、お客さまへのメッセージをお願いします。

 

アートの魅力は、実物を目にした時の驚きや温もりにこそあると思っていますが、それを「刺繍」という新たな方法で表現した作品になっています。縫いの方向や間隔によっても表情が変わる。そこに、作品としての美しさを感じていただけると思います。

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